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2010年7月26日 (月)

アマルティア・セン教授と緒方貞子氏

先日、アマルティア・セン教授と緒方貞子さんの講演と対談があると聞いて

願ってもないチャンスだと申し込んだ。

日立グループ100周年の記念事業で、国際フォーラムAが満席であった。

ご存じのとおり、アマルティア・セン教授はノーベル経済学賞を受賞しているインド人の経済学者であり、緒方貞子氏はUNHCR国連難民高等弁務官やユニセフの理事を歴任、現在はJICAの理事長である。

議題は「新たな100年にむけて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える」であった。

前半のセン教授の講演では、世界経済の混乱・気候変動・貧困・格差などの脅威に対して何を教訓として適応できるか、といった内容だったと思う。

日本の歴史にその教訓があると言っていた。一つは、教育及び技術教育。二つ目は議論の伝統だという。

 20世紀なぜ日本だけが非西洋産業大国に成り得たのか。1872年学制の発布により、1868年の明治維新以前から日本では世界の中で識字率が高かったこと(1910年若者の識字率100パーセント・1913年日本の出版本はアメリカの2倍)、維新以降の日本の世界への関心の高さなどを挙げ、教育によって人間のケーパビリティ能力拡大が行われたという。

そしてのちに東アジアの国々も(韓国・シンガポール・台湾)がこれにならい、基本的教育に力を入れたことでことで発展につながった、と。

 二点目の「公の場での議論」については、聖徳太子を例に挙げていらした!604年の十七条の憲法の中でオープンな場での議論が大切で反対意見があっても憤ってはならない旨を説いており、日本人の伝統として今これを使うべきではないだろううか、とのこと。

ありました。聖徳太子十七条の憲法。忘れていました。。第一条です。

『一。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。だから、君主や父親のいうことに従わず、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就する』。

ほんとですね。このような文章だったんですね。

そして、大国の経済後退の際のエリートのみの議論の結果、COP15での議論の結果なども指摘なさっていた。そしてその際、公平性に注目しなくてはならないこと・議論がなければ忠誠心を持つ契約にはならないことも。

日本の歴史に学ぶことが将来に多くのものを提供してくれるだろう、とのことであった。

 後半のセン教授と緒方氏の対談はNHKの導傳愛子氏がコーディネーターであった。(すばらしかった!)

人間の安全保障委員会の報告(2001にアナン国連事務総長が来日した際当時の森首相が「人間の安全保障委員会」設立を提案。セン教授と緒方氏が共同議長となった)があった。

緒方氏の話から、人間の安全保障とは、テロリズムや戦争のようなことだけではなく、貧困・欠乏など子供が病院に行けないとか日常的健康が維持できないことなどや、アイデンティティ(言語・性差)なども大きな問題であることを今更ながらに思い至った。そして、教育や知識によって自分の統治が出来るようになるという言葉に、驚いた。当たり前に字が読めるようになっていた私は実感出来ていないことだった。世界にいまだ大きく残る差を縮めることの困難さにも気が遠くなる思いだった。

 次いで、格差の根源ともいわれるグローバル化についても話が及んだ。

セン教授は、グローバル化自体の問題ではなく、グローバル化の恩恵を同じように受けられないこと公平に分配されていないことに問題があるという。そして、一つの正義を求める理想的な国を求めるのではなく、人々の中には違いがいろいろある、ブルドーザーのように完全な意見の一致を求めるのではなく多様性が必要なのだ、と。多様性の欠如は無知によるものかもしれないとも。

緒方氏は、若い人たちは不平等をどうとらえるかに取り組まなければならないという。人・お金・情報も絶えず移動している。その中での物事の判断基準は何か。日本の日本語だけの情報では孤立してしまう。情報を管理する能力が必要だ、と。

氾濫する情報へのリテラシーは私の修士論文でもおおきなテーマであったのでひと際思い入れがある。今得られる情報だけでなく、言葉の壁を越えて文化や慣習の壁を越えて理解する、すぐに無理なら想像する・・・という気持ちは持ち続けたいと思う。

英語も中国語も日本語もインターネットも携帯も、本もテレビ・・・言葉やメディアだけでなく、さらに人とのつながりも立ち話も恋さえもリテラシーの一助なのかもしれない。

鎖国は明治維新で終わったのではなく、今またグローバル化と多様性の大海原をこぎ出さなければいけないんだよ、がんばりなさい、という大きな大きな励ましを頂いた気がする。

(スターウォーズのC3-POみたく宇宙の600万語話せたらいいなぁ、とちょっぴり思ってしまいました・・^^;、あ、そういうことじゃないですよね・・・)

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コメント

講演会の内容をしっかり把握しここまで説明できる彩子さんにまず脱帽!
その文章力にもまたまた脱帽。
再来週お会いした時にお話し聞かせてくださいね。

2回ほど読み返してみましたが・・・脳が軋む音がきこえます~

投稿: takechann | 2010年7月30日 (金) 10時46分

Takechanさん

いや~おはずかしい。。今回は自分の記録のつもりで書きました長々と書いた文を2回も!読んでくださって、感謝感謝です。

投稿: あや | 2010年7月31日 (土) 11時26分

大変よく纏めてあり、討論の要旨が良く分かりました。
若い人が差別をどう捉えるかと云う「投げかけ」には同感です。
これは本来は人間性に関する問いですが、特に今の若い人には
考えて欲しいと思います。

現在の教育方法では、競争意識を排除しているとか。
しかし一方では個性とか自分らしさを出せと云う。この矛盾をどう感じているのでしょうね。 更に、実社会では競争意識をむき出しにせよと教育されている。この結果、特に男子には覇気が見られなくなっていると聞きます。差別する側に回るか、される側に回るのか。 いずれにしても態度を求められます。 これから国際競争の場に立たされます。 若い人は、何を考えていますか。

投稿: Zundamochi | 2010年8月 3日 (火) 15時04分

zundamochiさん

ありがとうございます
むずかしいですね~。
たしかに、世の中の矛盾ってありますよね。競争を唱えた反動がいわゆる草食系…かもしれないとも感じていますが、それも良い生き方だと思います。「ニッチ」ではないですが、違う生き方を模索していく流れの一つではないでしょうか。
 個人的には多様な人々のお互いの相互理解が、一番大切だと思っています。
 

投稿: あや | 2010年8月 4日 (水) 10時27分

Huuum......

Blessed are the peacemakers...for they shall be shot at from
both sides. A.M. Greeley

投稿: Zundamochi | 2010年8月 7日 (土) 15時58分

Zundamochiさん

そうかもしれませんね。
一歩一歩行けたらいいなぁ。

投稿: あや | 2010年8月 9日 (月) 09時59分

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