上野の黒門@南千住
この黒い門に穴が空いているのがわかりますか?
沢山あります。
貫通していますね。
この門は、新政府側(薩長など)と徳川幕府側の1868年上野戦争の傷痕だそうです。
彰義隊士(徳川幕府側)が立てこもった上野寛永寺の門だったそうです。今の上野のヨドバシカメラのあるあたりからの上野公園の入り口近辺にあったとか。
この黒門を境に、戦いがあり、今も残る無数の穴は当時の鉄砲の跡です。
実際目の前で見ると、ショックでした。
この門は現在、南千住の円通寺の境内に保存されています。その門の後ろには彰義隊のお墓がいくつもありました。
上野寛永寺の住職と円通寺の住職が共に犠牲者を埋葬したことから南千住の円通寺に門が移転されたそうです。
昨今の龍馬ブームで、ふと思ったのが、倒幕の戦いとなった現場の上野にその痕跡がないのはなぜだろう、と。(夫の疑問)
確かにいつも上野を散歩していてもなんの痕跡もないんですよね。
ほんの150年ほど前なのに。
それから、最近戸籍上では150歳 170歳 200歳?!の記録があるの報道されていることもあって、つい最近のことなのに近代の歴史や人について知らないなあと思う事だらけです。
歴史と平和と人生について考えさせられた一日でした。
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